Vol.30 Streets of VASIC
街路樹に青々とした葉が揺れていたのはつい最近のことかと思っていましたが、ふと気づけば秋色に染まった葉が路面に色を添えているようです。心地よい気候が続く今はお出かけが特に楽しい頃。ニューヨークでは美術館も予約制で訪れることができるようになり、週末のアクティビティも少しずつ幅が広がってきました。日本では例年秋になると各地で陶器市が開催され、器探しに熱が入るものでしたが、今年はオンライン陶器市で楽しめそうですね。そんなときにインスピレーションとなるような気鋭の作家をアメリカからご紹介します。
Fine Ceramics for Everyday
ニューヨークでは、ブルックリンや北の郊外アップステートを中心にこの10年ほどでセラミックがブームとなっています。趣味でスタートして自分のスタイルを磨き、会社員からセラミックアーティストに転身という話も珍しくありません。リーマンショックを発端とした経済不安を経て以来、都会と郊外のデュアルライフ、ものづくり、エシカル・バイイング、といった暮らしの本質への追求が人々の間に広まり、ライフスタイルストアというコンセプトが浸透。大手家具・雑貨店の量産型のテーブルウェアとは異なる、作家の個性が発揮された手作りの品への需要が高まったのです。なお、そんな今をときめくセラミックアーティストの品を探すなら、「Still House」、「The Primary Essential」、「Mociun」がオススメです。
Natalie Weinberger
ブルックリンにスタジオを構えるナタリー・ウェインバーガーは、自然のマテリアルに美しさを見出し、古来より伝わるクラフトを称賛する作品を生み出しているアーティスト。彼女が陶芸を始めたのは大学院生のときだったといいます。歴史保存・修復学の卒論を仕上げるときには、すでに陶芸が彼女の本当のパッションであることに気づいてしまったとか。いったん非営利組織に就職してもなお、週末や夜間にろくろを回して4年ほど経験を積み、2014年からスタジオを立ち上げ、アーティストとして活動しています。
ナタリーが歴史に想いを馳せつつ現代的なピースに仕上げた作品たちは、デザイン美と使い勝手の良さが融合しています。どこか神秘的な見た目のものであっても、実際の使用感を考えて作られていて、暮らしの一部としてすっと馴染んでくれるのです。また、機能的なテーブルウェアのほか、彫刻や照明などオブジェ的要素の高い作品にも定評があり、「ノグチ・ミュージアム」とコラボしたことも話題に。今後のさらなる活躍が期待されている若手アーティストです。
Marité Acosta
そして、もう一人のアーティスト、マリテ・アコスタもまたユニークなバックグラウンドの持ち主。ファッションとテキスタイル業界から、シェフ・パティシエの修行を積んでフードスタイリストに転身。それだけでもかなり高い跳躍ですが、さらに趣味でセラミックのクラスを取ったことをきっかけに陶芸に開眼。メニュー考案やフードスタイリングをクライアントに提供しながら、数年前にニューヨークのチェルシーからポートランドにアトリエを移して作家としても活動しています。
マリテのクラフトの美学は、あえてパーフェクトでないことだといいます。どこかいびつでゆらぎのある形や掻き落としの線、釉薬の陰影、土の表情など、一つ一つに彼女の手が触れた証拠が息づいています。特にプレートは決して派手なものではないですが、食材を乗せたときにその美しさを発揮。皿と食材のもつ見た目がまるで化学反応を起こしたかのようにひとつの絵となって見えるのです。また、花瓶も主役である花を美しく演出するのはもちろん、花器としての佇まいもプレイフルなのが特徴です。
こうしたアメリカの作家たちの中には、来日経験のある人も多く、日本の陶芸や焼きもののもつ影響力にたびたび驚かされます。修行を目的に滞在していたり、山奥の窯を訪ねていたり。なかには谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」を愛読書にあげる人も。と、こんなことを書いていると、なんだか秋は暮らしがとても文化的になりそうな予感。食欲の秋はあらがえないのでそのまま謳歌しつつ(笑)、素敵なセラミックウェアを探しに出てみましょう。